ユアサエボシと戦後アヴァンギャルドの変身寓話集に行ってきた

Nov 2, 2026

ユアサエボシと戦後アヴァンギャルドの変身寓話集に行ってきた

先日、練馬区立美術館で開幕した「ユアサエボシと戦後アヴァンギャルドの変身寓話集」に行ってきたので、見てきたことについて書いてみようと思います。

中村橋駅から歩いて3分ほどで着きますが、美術館の手前には美術の森緑地があって、真ん中に四角い看板が立っていました。真ん中の図版は瓦礫のそばで大蛇と向き合う男の絵で、右側には中村宏、高山良策、池田龍雄と縦に大きく名前が出ています。緑地には白い象の彫刻もあって、子どもがその周りを走っていました。

練馬区立美術館「美術の森緑地」に立つ展覧会の屋外看板 練馬区立美術館「美術の森緑地」に立つ展覧会の屋外看板

架空の画家ヱボシ

ユアサエボシは1983年生まれで、古い雑誌や新聞、ネットで集めた画像を組み合わせて絵を描いています。

もうひとつ、大正生まれの三流画家ユアサヱボシ(1924–1987)という 架空の人物の生涯 まで作って発表しているので、実在しない画家の年譜や作品、エピソードが展示にも並んでいました。昔の画像から絵を描くうちに、その物故画家ヱボシに化けているそうで、自分のことを 擬態派 と呼んでいます。

今回の展示ではユアサの新作が出ていて、ヱボシの年譜にも新しい出来事が足されていたので、どこまでが作り話でどこからが本当の展示なのか、時々分からなくなりました。特別協力で小川哲も入っていて、架空の詩人が書いたという体裁で、ユアサヱボシの絵にまつわる詩が発表されていました。

対になる戦後の作家たちは、ゆがんだ人間や、くっついてひとつになったみたいな怪物、気味の悪い仮面などを描いていて、戦争のことをそのまま描く代わりに姿を変えて描いた絵が多いです。背景にはシュルレアリスムやルポルタージュ絵画運動があります。

出品作家

出品作家は8人です。看板に名前が出ていた池田龍雄、高山良策、中村宏は練馬区立美術館の収蔵作家で、そこにユアサエボシが加わります。ほかに芥川(間所)紗織、桂ゆき、鶴岡政男、古沢岩美が出ていて、特別協力は小川哲です。帰ってから各美術館の作家資料で経歴を確かめたので、少し詳しく書いておきます。

ユアサエボシ(1983–)

千葉県生まれで、古い雑誌や新聞、ネットで集めたイメージを組み合わせて絵を描いています。2018年に第10回絹谷幸二賞を受けました。過去のイメージから描くうちに架空の物故画家ヱボシ(1924–1987)に化けるという作り方で、自分を擬態派と呼んでいます。本展には新作《傀儡の王》(2026)も出ています。

池田龍雄(1928–2020)

15歳で海軍航空隊に入り、特攻隊員として訓練を受けている途中で終戦を迎えました。その後はルポルタージュ絵画運動の推進者の一人になり、青年美術家連合の結成にも関わっています。1950年代半ばからの《禽獣記》《百仮面》といったペン画では、動物や仮面の姿に託して社会や人間を風刺しました。《見張り》(1957)は《禽獣記》の一点で、二つの頭を持った犬が描かれています。

高山良策(1917–1982)

絵を独学し、福沢一郎絵画研究所でシュルレアリスムを学びました。1946年に前衛美術会を結成し、戦後は社会風刺を混ぜたルポルタージュ絵画から、異形の人間像が画面を占める幻想的な絵へ進みました。後ろのほうに出てくる《鮫と仙人掌》(1972)もこの人の作で、自分はこの前で長く見ていました。絵と並行して、円谷プロ「ウルトラQ」の怪獣の造形も手がけていました。

中村宏(1932–2026)

青年美術家連合に参加してルポルタージュ絵画を始めました。《砂川五番》(1955)は米軍立川基地の拡張に反対する砂川闘争を取材した代表作です。1960年代以降は、セーラー服の女学生と、飛行機や蒸気機関車といった機械のイメージを組み合わせた寓意的な絵を描きました。2026年1月に93歳で亡くなっています。

芥川(間所)紗織(1924–1966)

もとは東京音楽学校で声楽を学んでいて、結婚後に染色と油彩を始めました。ろうけつ染めで描く染彩画という独自の技法で発表を続け、1955年の二科展では特選を受けています。叫ぶ女を描いた〈女〉シリーズでは女性像が植物と混ざったような形になっていて、その後は《古事記より》(1957)など神話や民話を題材にしたシリーズを描きました。

桂ゆき(1913–1991)

1935年にコラージュによる初個展を開いていて、戦前と戦後をつないだ女性芸術家です。細かい描写やコラージュ、戯画っぽい表現を使い、ユーモアを混ぜながら社会を風刺しました。《人と魚》(1954)は第五福竜丸の被爆を受けて描かれた作で、困った顔の人物は縄文土器から引かれています。《ゴンベとカラス》(1966)は第7回現代日本美術展で最優秀賞を受けています。

鶴岡政男(1907–1979)

1943年に靉光や松本竣介らと新人画会を結成し、戦後は自由美術家協会で活動しました。《重い手》(1949)は上野の地下道で見た浮浪者をきっかけにした絵で、うずくまる男の肩に巨大な手がのしかかっています。後年は人間を記号や暗号みたいな形に変えた抽象へ移っていきました。

古沢岩美(1912–2000)

福沢一郎らと美術文化協会の結成に参加し、超現実主義絵画の旗手として活動しました。1943年に応召して中国で従軍し、捕虜になって1946年に帰国しています。戦後はその体験を告発する《餓鬼》(1952)などを描き、幻想的な裸婦像でも知られるようになりました。本展にはコウモリと男の顔を組み合わせた《日本の70年(コウモリ・男の顔)》(1988–98)が出ています。

作家の経歴と代表作は練馬区立美術館の公式ページと、東京国立近代美術館、東京都現代美術館、練馬区立美術館収蔵品データベースなどの作家資料で確認しました。

作品

虎の面と蝶の凧 虎の面と蝶の凧。凧あげなのに全然楽しそうじゃないのがいいです

機械ばかりの画面で豚を抱く人 機械ばかりの画面で豚を抱く人。豚だけやわらかそうでした

烏帽子の人物 烏帽子の人物

三つ首の怪物と、壺を持つ制服の男 三つ首の怪物と、壺を持つ制服の男。舞台みたいでした

砂丘の玩具馬 砂丘の玩具馬。静かでした

高山良策《鮫と仙人掌》 高山良策《鮫と仙人掌》1972年、油彩・キャンバス

感想

絵自体も高熱の時の夢みたいで良かった。帰ってからも残ったのは、ユアサヱボシという人物の作り方のほうでした。

ユアサエボシは、大正生まれの三流画家ユアサヱボシ(1924–1987)という架空の人物を、絵だけでなく生涯ごと作っています。年譜があって、作品にまつわるエピソードまで用意されているので、展示を見ていると、実在しない画家の回顧展に来ているみたいな見方になります。

しかも、その年譜は出来上がって終わりではなくて、展覧会のたびに新しい出来事が書き加わり、作品にまつわる物語も増えていくそうです。描いている本人は1983年生まれのユアサエボシなのに、その物故画家ヱボシに擬態して描いている、という位置づけで、自分のことを擬態派と呼んでいます。

横に並ぶ池田龍雄、高山良策、中村宏は、本当に戦後を生きて描いた人たちです。片方は本物の年譜で、片方は作った年譜。その2つが同じ会場に並んでいるので、ヱボシのほうの仕掛けが余計に際立って見えました。

特別協力の小川哲も、架空の詩人がヱボシの絵について詠んだ、という体裁で詩を発表していました。架空の画家の周りに、さらに架空の詩人まで作って重ねているわけです。そこまでやるか、と思いましたが、その重ね方が今回の展示でいちばん面白かったところだと思います。

開催情報

会期:2026年10月31日(土)〜12月27日(日) 休館日:月曜日(11月23日は開館、11月24日休館) 開館時間:10:00〜18:00(入館は17:30まで) 観覧料:一般1,000円、高校・大学生および65〜74歳800円、中学生以下および75歳以上無料 会場:練馬区立美術館(西武池袋線・中村橋駅から徒歩3分) 公式:https://www.neribun.or.jp/event/detail_m.cgi?id=202608151786784919

それでは。